ど迫力の木落し!男をみるなら御柱祭

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2016年 今年は日本三大奇祭のうちの一つである、長野県諏訪市の諏訪大社で御柱祭がありました。

7年に一度と言われていますが、正しくは寅と申の年なので7年目毎に行われる間6年の準備期間のあるお祭りです。

正式名称は「式年造営御柱大祭」であり、御柱だけでなく社殿も新しく作り替えて左右7年毎に神様に移っていただくそうです。この“式年遷宮”自体は諏訪大社以外の神社でもみられ、有名なのは伊勢神宮の20年毎の式年遷宮ですね。この儀式でもって、木の素朴な建築に永久性と再生の意味を持たせていると考えられています。

大事な儀式ですがお金も時間も労力も膨大にかかるので、大きな有名な歴史の古い神社でないとなかなかこのような式年遷宮はできないし続けられません。それに、おそらくこれを儀式化すること自体がなかなか許されなかったのではとおもいます。資源である木材を消費する意味でも、宗教的重要度からみても、生半可じゃない・・・。

その点でも諏訪大社がいかに特別であるかがわかります。さらに、諏訪の特徴として神社の四隅に4本の御柱を建てます。この柱を山から切り出し、里の神社まで氏子たちが曳いてきて柱を建て替えることを、“御柱祭”と呼ばれています。

 

木の選定から切り出し、運ぶのもすべて人力で、すべてが神事です。それ一つ一つに名前がついているのですが、中でも有名なのが山から切り出した御柱を運ぶ“山出し”のクライマックスである、坂から柱を転げ落とす“木落し”です。

 

今回、2017年4月9日の下諏訪での木落しを、観覧チケットをとって観に行くことができました!!

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全国ニュースなどでその模様を見られた方も多いとおもいます。実際どんなかんじだったのか、そして諏訪大社とはどんな神社なのか、他の神社とは一風変わった縄文の血の匂いが残っているようなこの神社の魅力を、何回かに分けてお伝えしていこうと思います。

まずはお祭りの“木落し”から。

 

上社のほうの木落しは下社の木落しが始まる1週間前に行われていて、こちらは御柱に“メドデコ”と呼ばれる二又の飾りを付けます。ここに氏子が鈴なりになってヨイサヨイサと掛け声をかけるのが壮観です。

上社の“木落し坂”は下社にくらべて傾斜もゆるく低めですが、どちらも大切な神事ですから優劣はありませんし、飾りの面などの違いからも見ごたえあるとおもいます。

が、残念ながら今回はこちらは見れなかったので…。

 

下社の木落しは4月8.9.10日の3日間で、わたしは9日の秋宮の四の柱、春宮の一の柱を見ました。

朝の9時くらいに、チケットの手配などお世話になった“マスヤゲストハウス”さんをゲストハウスのみんなと一緒に出て、歩いて木落しが行われる山のほうに向かいます。

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町全体に祭りの飾りが徹底してつけられているのもすごいです。全長キロに及ぶんだろう…。

 

チケットであるICカードと目印となる日ごとに色が変わるタオルマフラーを持っている人は無料になるシャトルルバスも出ているようですが、お酒や食料など買い込みつつ桜も見つつゆらゆら向かいました。

 

通りがかりに春宮によって参拝。

 

御柱の裏に回ってみると、擦れた跡が残っていて、木落しや里引きの激しさがよくわかります。

地元の人たちがお祭り法被に紐をかけて歩いています。この紐を御柱につないである紐にさらにつないで、引っ張るようです。

さらに進むと、小高くなっているところに8日に山出しした御柱が置いてありました。

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これに乗って振り落とされないようにするのは至難の業だとおもいます。

 

道祖神のところから山をのぼって、“天下の木落し坂”の上に登ってみました。

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下をみても角度がきつすぎて、土の凸凹で下が見えないくらいの急坂です。

なんと100メートル。8階建てのビルと同じ高さです。

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ただ歩いておりるのすら転びそうなのに、ここを駆け下りていくなんて、丸太に乗って落ちるなんて、狂気の沙汰としか思えないほど怖いです。

 

道路にも屋台が出ていますが、観覧席近くにもふるさとブースがあり、美味しいご飯ものやお土産屋さんが出店していました。

わたしはここで可愛いアメコミ風の“Onbashira”Tシャツを購入。


そしてカードとタオルマフラーのチェックをうけて、区分けしてある席へ入りました。観覧席は木落坂から砥川という川を隔てた対岸になります。

坂の下の道路は交通規制されて、御柱を引いてきた担当地区の氏子しか通れません。

観覧席大きな区画が振り分けられていて、値段によって区画も違います。でもその区画の中は一応一人70㎝ということですが線引きはされていないので、なるべく早めに行ったほうが座りやすいです。

また、地べたの上にビニールシートだけではお尻が痛くなってしまうので、なにか敷物を持っていくのがベストです。

 

腰を落ち着けてから、木落予定時刻の13:00まではまだ3時間くらいありました。

正面のステージでは、歌謡や雅楽、和太鼓などショーがやっていて飽きさせません。地元の諏訪信用金庫の若手社員の“長持ち踊り”など初めて見ましたが、地元愛が感じられて微笑ましくおもいました。わたしが地元民だったらぜったいここに口座つくるよ!

 

雅楽も本格的です。

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ショーの司会の方がアナウンスしていましたが、氏子たちにとっても6年待ったお祭りなので、なるべく味わいたいからかどうしても進行が遅れ気味になってしまうとのこと。でも、これは神事だしもともと氏子たちのもので、観光客の見せてもらっている立場のわたしたちが「早く落とせー!」などとヤジを飛ばすなんて以ての外です。でも、そういったことが前日あったのか、どうかそこのところお願いします、という説明がありました。

そして案の定木落しは遅れ、13:00の予定が14:30過ぎになりました。

 

御柱が坂の上に現れてから、“木遣り”という人たちの掛け声にあわせて、氏子たちが「ヨイサー!」と声をあげて士気を高めます。

また、うまく落ちていくように御柱の向きや出方などを入念に調整しているようです。過去には死亡事故など起きていて、現場には救急や警察なども待機しているほど危険なので、それも当然ですね。

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結構ギリギリまで立っていたりして、見ているこっちがハラハラするほどです。

直前にラッパの音がなるのですが、これだけは妙に西洋的で祭りの雰囲気と合っていないようなかんじがしました。

和太鼓の音とかのほうがマッチする気がします。

 

ようやく坂の上の旗が赤から白にかわり、御柱を後ろでつないでいた綱が斧で断ち切られると、あっという間に大木が男たちを乗せて一直線に落ちていきます。

 

 

「男見るなら7年一度 諏訪の木落し 坂落し」「どうせ乗るなら木落しお乗り 諏訪の男の度胸だめし」の唄があるのもわかるくらいのど迫力!!

 

4時間待ってたった10秒ほどでおわってしまう、夢のようなお祭りです。でも氏子の方は、この一瞬のために6年かけてるんですよね・・・。つくづくスケールがでかいです。

8日の木落しは下諏訪駅前のライブビューイングで見ていましたが、そのときより乗り手の男衆たちが最後まで振り落とされないでいたとおもいます。初日は前日の雨で草も土も滑りやすかったのかも。

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その後先頭が土にのめりこんだ御柱を堀りあげて、御柱置き場に運びます。

その時点ですでに2回目予定時刻の15:00過ぎで、2回目の御柱はまだ坂の上にも見えていない状況でした。

 

わたしはその日は長野に宿をとっていたので、諏訪からだと2時間くらいかかることもあり、電車の時間を気にし始めましたが、そこは司会の方も「御柱は遅れるものなんです!みんな6年待っていたんです!帰りの電車の時間が間に合わない方もいらっしゃるでしょうが、自己責任でお願いします」と言っていたので、ここまできたら腹くくって待つことにしました。笑

 

16:30を過ぎて日が陰ってくると一気に寒さが増します。日中は熱かった日差し除けに使っていたダウンを羽織るほどです。暗くなる前にやらないと危険だからか、前回よりは多少巻き気味に、2回目の木落しがありました。

 

春宮のほうがまた一回り太い御柱だったようにみえました。御柱の頭がぐううっと前にせり出していて、先頭に座っている人は坂の斜面から2~3m浮いているんじゃないかと思いました。その状況でも怖いのに、さらに待たされるって相当精神力が強くないとできないことですよね。

 

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これも男衆がしっかりくらいついていて立派な木落しでした。お見事!!

 

 

帰りはまだ御柱を曳く工程があるので、通行規制などがあり、シャトルバスも混むので歩いてゲストハウスへ。結果そちらのほうが早かったそうです。

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実際に見てみると、生身の人間が丸太にしがみついて崖をくだるという、ほんとうに荒唐無稽なお祭りでした。

そしてそれを、千年以上も昔から現在まで一度の中止も延期もなく続けてきているということ。

なんと戦国時代も太平洋戦争中もやっていたそうです。大戦後は男衆が少なかったので子どもたちが中心となって、さらに栄養が足りなかったため曳くのにも時間がかかったそうです。それでも祭りを続ける意思の強さ、共同体の強さ。

 

それにもまして驚かされるのは、なぜ御柱を建てるのかについては、色んな説が言われていますが今をもって定説が無いこと。

つまり、なにか明確な説明や解釈があってやっているのではなく、“そういうものだから”やっている。これほど危険で大変なお祭りを。

 

この、確固たる信念がないと続かないようなことを、これほど曖昧のままに意味とか考えずにただ諏訪の神様のために、この土地の氏子であるという自負のために続けているという、これがなんでも説明を求めるような現代にもまだ成立しているということが奇跡のようなことだなあと胸が震えました。

 

諏訪人、すごすぎる!!!あんたら最高だよ!!!

ちょっと人死にやケガくらいでないと祭りじゃないとでもいわんばかりの諏訪神社の氏子たちの男気こそが、祭りの要なんですね。

 

この祭りがまた千年後も続いているような諏訪であってほしいとおもいました。

 

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