にっこり石仏と平家物語の大原


4月の後半に祖父の納骨をして、家族が京都に来たので、一緒に大原へ行きました。

 

京都の街中からけっこう遠いですが、とっても良いところです。

 

三千門院は立派なお寺で、境内がとっても広く見ごたえがあります。

大原の地は千年前から魚山(ぎょざん)と呼ばれて、声明という仏教音楽の聖地でした。

声明研究が盛んなことから、口に出す仏の教えの念仏にも通じて、念仏聖による浄土信仰も盛んでした。

創建は最澄さんが比叡山延暦寺建立の際に草庵を結ばれたのに始まります。

 

大原行きのバスに乗ると、比叡山の入り口のほうにもいけるので、比叡山の山の手前の場所として、お参りしやすい場所だなとおもいました。

別名 梶井門跡・梨本門跡とも呼ばれるのですが、この“門跡”というのは皇族が住職を務めた寺院のことをさします。つまり、朝廷と所縁の深いお寺なんですね。それだけにとっても立派です。

 

客殿から聚碧園を眺めながら、ここでお抹茶がいただけます。

季節は桜が終わりかけて、新緑と石楠花が綺麗な時期でした。

緑が光って見えるような春のうららかな陽の中で、ぼーっと庭を眺めて、鯉の泳ぎなどをみていると頭の中がふわふわ~と気持ちよくなっていきます。

拝観料700円で、お抹茶500円でこんなに贅沢な時間が過ごせるなんて、お得ですよね~。

こちらの本を読んで、お寺で抹茶をいただくことを“寺カフェ”という、概念を知って、それいいなとおもいました。

カフェに行くのと同じような気軽さで、神社仏閣に足を運びたいです。

リラックスして気分爽快になって、自分の時間をゆっくりとって回復するという、カフェとお寺の効果って言われてみれば似ているかも。

 

往生極楽院には阿弥陀三尊像がいらっしゃいます。三千院のまったりとした雰囲気にぴったりな優し気な仏様でした。

阿弥陀如来が中央にいらっしゃり、左右に観世音菩薩と勢至菩薩がいらっしゃるのですが、参拝者が座って拝むからか、それを包むようにちょっと前かがみになっているのが、温かみがあります。

この前傾姿勢は“大和坐り”というそうです。

 

庭にもたくさん石仏があります。

にっこり石仏かわいすぎる!!

わらべ地蔵というらしいですね。とってもチャーミングなお地蔵様たちです。

春の日差しの中で日向ぼっこってかんじ。

 

紫陽花の株が沢山ある紫陽花苑を抜けると、弁財天が祀られています。

このときはまだ全然葉っぱも少なかったので、また紫陽花の時期に来たいなとおもいました。

 

金色不動堂では、期間限定でご本尊の金色不動明王が拝観できました。

母が仕事で車で長距離移動することが多いので、ここで交通安全のお守りを買って、よ~くお願いしておきました。

母本人もいましたが、本人がお願いするより、誰かのための祈りのほうがパワーがあるときいたので、わたしから良く頼んでおきました笑。

 

素朴なかんじの大きな石仏もあります。

鎌倉時代中期の石仏で、その頃らしい、雅というより朴訥というような空気があります。

念仏行者たちが作ったものだそうです。

このあたり一帯は小野山の中腹に位置し、昔は炭を焼く炭竈があった所から売炭翁旧跡と伝えられいるため、「売炭翁石仏」と呼ばれています。

最後に重要文化財収容施設の円融蔵の中で、往生極楽院の内部の復元をみました。

昔は鮮やかなコバルトブルーの天界から、極楽浄土の天女や菩薩が迎えに来る様子がこんなに極彩色で描かれていたんだな、と驚きました。見ごたえあるのでぜひ見てみてください。

 

また、おみやげ物のショップの品ぞろえが豊富で、わたしはお線香入れを買いました。

 

お寺に行ったり、歴史上の人物のお墓にいったり、お遍路や修行したりするときに、お線香を携帯しとくと便利なのですが、線香ってバキバキ折れるから持ち運びに良いものがないかな~とお遍路のときからずっと思っていました。

ここのお線香入れは筒形になっていて、可愛いしかさばらないし、理想のお線香携帯入れです!!しかも、ろうそく入れも付いているものがあって、これもめっちゃありがたい。ロウソクも折れやすいから悩んでいたんです。

歴女は活用するとおもいます!!カラーも5色くらいあって、可愛いしおススメです。

 

お昼は三千院前の沢山のお店の中で。

 

 

15分ほど歩いて、寂光院へ。

菜の花畑の黄色が目に鮮やかでした。

寂光院は聖徳太子が父の用明天皇の菩提を弔うために建立したお寺です。初代住職が聖徳太子の乳母であった玉照姫で、その後代々貴族の姫が法灯を伝えてきた尼寺です。

建礼門院が最後を過ごしたお寺として、平家物語の舞台にもなり有名です。

建礼門院徳子とは、平清盛の娘で高倉天皇に嫁ぎ、安徳天皇を生んで皇后となりました。

平家一門は栄華を極めたものの、源氏の台頭、源平合戦の果てに壇ノ浦の戦いでは、幼い安徳天皇(当時六歳)とお付きの女性たちも一緒に海に沈むという悲しい結末を辿ります。

建礼門院も一緒に入水したのですが、源氏側の武将に助けられ、平家一族が滅亡する中彼女は一命をとりとめ、京都に送られます。

その後平家一門と自分の息子である安徳天皇の菩提を弔うため出家し、終生この寺で過ごしたそうです。

本堂は平家物語当時の藤原時代の様式で豊臣秀頼が修理したという貴重なものでしたが、2000年の火災により全焼してしまいました。これは原因不明の不審火らしく、そんな心無い人がいるのかと憤りを感じます。

こういう歴史的なものは、一度失ったら二度と戻らないんです。今の自分たちだけではなく、未来のこの国の人の宝も奪うことになるので、その損失は大きいです。そういう考えで物事を考えてほしい。

ご本尊の聖徳太子作と伝えられている六万体地蔵尊も損傷が激しいため、収蔵庫に保管されています。

 

現在のお堂は20005年に復元されたものです。

ご本尊のお地蔵様の両脇には、建礼門院と彼女に最後まで付き添った阿波内侍の像があります。

 

心労が祟ったのか、建礼門院は35,6歳という若さでこの世を去ります。

一時は国母として栄華を極めたところから、戦乱と自分の子もろとも一族郎党滅亡、という地獄を味わって、

どんな思いでその後の日々を過ごしたのかとおもうと、彼女のあまりの若さが悲しいです。

また、その頃は付き人も少なく、お寺で質素な生活を送られていたようです。

 

彼女に付き添っていた阿波内侍は、建礼門院が亡くなってすぐ後を追うように50余歳で亡くなったそうです。

阿波内侍が建礼門院に仕えて、山に柴などを刈りにいっていた時の姿が原型となっているという「大原女」が今でも残っていて、5月のお祭りの時には大原女の時代行列がみられます。

この阿波内侍という人、讃岐に流罪になった崇徳上皇の寵愛を受けた女官でした。

保元の乱に敗れた崇徳天皇は、戦死者の供養と反省の証にと、讃岐で何年もかかって五部大乗経を書き上げ、完成した五つの写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出しました。

しかし後白河院(崇徳天皇の弟)は「呪詛が込められているのではないか」と疑ってこれを拒否し、写本を送り返し、そのことに激怒した崇徳天皇は舌を噛み切って「日本国の大魔縁になる」といって血で経を書いて生きながら天狗になった、というエピソードが良く知られていて、崇徳上皇は日本の悪霊の親玉みたいなイメージで語られてきました。

(わたしは四国遍路のときに、崇徳上皇の墓と和歌をみて、悲嘆はあれど怨念はなかったんじゃないかとおもっています。)

実際に崇徳上皇の経を突き返したのは、後白河院本人ではなく阿波内侍の父である藤原信西とも言われています。

その藤原信西は保元の乱のときに崇徳上皇を挙兵に追い込み後白河側に勝利をもたらした人物です。

自分の娘と敵方である崇徳上皇の関係を苦く思っていたのかもしれません。

しかし天皇親政を進めて権力を振るっていた藤原信西も、その後の平治の乱で追い込まれ自害、した後に斬首、さらし首にされています。

 

そうおもうと、つくづく

“祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。 沙羅雙樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。 驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。 猛き者もつひには滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。”

という平家物語の冒頭の言葉が、重く心にしみてきます。

あと、やっぱりあまりに勢いがあるときに自己中になりすぎちゃだめだね。

平家もあそこまで奢らなかったら、滅亡まで追い込まれなかったとおもう。なにごとも“ほどほど”、調子が良いときこそ、他に気を配る心を忘れては、あとから手ひどいしっぺ返しがくらうんだな、とおもいました。

 

寂光院はすこし物悲しい気持ちになりますが、しみじみとしていいお寺です。

ぜひ「平家物語」の空気をかんじに行ってみてください。

 

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1件のコメント

  1. こんばんは。 横浜より節約のため高速には乗らず国道1号線下道をトコトコ軽自動車で比叡山へ向かい千日回峰行の修行体験をして来ました。 夜中から山中を6時間30ほど30キロを歩き通すかなりハードな行程でしたが何とか無事に明王堂まで戻って来ることが出来ました。 また光永大阿闍梨さまとお話しがかないまして一日回峰行として心洗われる貴重な良い体験をしました。 機会があればまた参加したいです。 帰りがけ山伏ガールさんが行かれた大原の三千院と寂光院に立ち寄らせてもらいました。 とっても立派な建物と庭でしたね! しそソフトクリームも美味しかったです。 寂光院は火災で大変だったのですね… いまは歳のせいか足がしたたかに筋肉痛ですが久しぶりに京都に来て良い気分転換となりました(^^ゞ

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