大斎原からの川下り 熊野古道2日目 前篇

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熊野古道 三社巡り2日目。

8:00にCafeほんぐうさんの朝食をいただきました。

パンがもりもり盛り沢山。

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9:00には出発して、まずは大斎原(おおゆのはら)へ。

 

真っ青な晴天の下、緑の稲穂の中に大きな鳥居が美しいです。

目に入ったときから、心に清涼な風が吹き抜けていくような、清浄な場所だと思いました。

きっと写真でも伝わるとおもいます。

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大斎原というのは、熊野本宮大社の旧社地です。

熊野本宮は1889(明治22)年の大洪水で大きな被害を受けるまでは、熊野川の中州大斎原に社殿がありました。

広大な境内に12の社殿が横一列に並んでいたそうです。

 

今は熊野川からは少し距離がありますが、昔は川のすぐそばに社殿があったんですね。

山や森と川、古来からの神社の建てられる場所の条件をしっかり満たしています。

早朝で人があまりいなかったので、とても気持ちの良い場所でゆっくりできました。

 

その後川で少し水遊びしてから、近くのガラス・陶器のお店“茶房”に立ち寄りました。立木に染料を吸わせて年輪を染め上げる「立木染め」という手法で作られたペンダントがあり、友人とそれぞれ好きな色を購入しました。

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私の選んだ色は、熊野川のエメラルドグリーンとブルーのようなペンダントです。

 

川で禊をしたということで、それからいよいよ熊野本宮大社へ向かいます。

全国の熊野神社の総本山。

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この階段の登りがキツかったです~!

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三本足の八咫烏は神武東征を先導したとの伝説から導きの神として信仰があります。

八咫というのは大きくて広いという意味。八咫烏のデザインは最近ではJFA財団法人日本サッカー協会のロゴにもなっていて馴染み深いですよね。ユニフォームが飾ってありました。

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ボールをゴールによく導くようにと信仰されているようです。

 

祭神は家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)です。この神さまの名前に馴染みがないですよね。スサノオノミコトの別名とされていますが、こうした熊野三山の縁起と記紀神話の主神と結びつける同一視説は江戸時代に起こったもので古来は別の神さまとして信仰されていたという説もあるようです。古くは巨木信仰があったといいますが、これだけの豊かな山が紀伊にあることを思えば、そういった自然信仰が発生するのも頷けます。

ここにはちょっと研究が必要ですね。

熊野は仏・菩薩が神に姿を変えて現れる本地垂迹説をとった神仏習合が盛んで、熊野権現信仰が篤かったです。家津美御子神は来世での往生を約束してくれる阿弥陀如来と同一視されたため、蟻の熊野詣でみんな極楽へ行けるようにと盛んにお参りするようになったそうです。

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お参りしたのちに手漉きでつくったハガキを購入し、手紙をかきました。

境内にあるポストから出せます。ポストも黒塗りで、八咫烏がついています。可愛い♡

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大斎原の近くで紫蘇畑を見ましたが、名物は紫蘇らしいです。紫蘇サイダーを飲みました。

熱い夏にぴったりな味でした。

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おそろいで編み笠を買って、13時のバスで竹田前というところへ。

 

熊野川船センターの川船で熊野川を下って新宮へ向かいます。

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皆で菅笠をかぶって底の平たい川船にすわって、エンジンもないので川の流れにまかせながらゆるゆると川を下っていると、昔の人もきっとこうして同じ風景を見ていたんだなあとおもいました。それくらい、熊野には変わらない自然が残っていて、この景色が2000年代の日本でまだみられることに感動しました。

ずっと変わらないでいてほしいとおもいます。

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途中、昼島という中州にある島に上陸しました。

天照大神と熊野の神さまが碁を打ったという島です。岩が碁盤の目のように亀裂が入っています。

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船頭さんと語り部さんがいて、色々ガイドしてくれたり、笛も披露してくださいました。

 

段々山の合間の川から、海が近くなってきます。

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2時間ぐらいかけてゆっくり川下りしました。とても穏やかな時間で、せわしない日常を離れて昔の旅人の時間感覚になりました。ぜひ熊野本宮から新宮へ行く方は古代の人とおなじこの行き方をしてみることをおススメします!

 

16時に新宮市に到着し、歩いて熊野速玉神社(新宮)へ。

朱色の鮮やかな綺麗な社殿です。

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熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ、熊野結大神ともいう)を主神として祀っています。速玉神をイザナギノミコト、夫須美神をイザナミノミコトと同一視したり、速玉神は衆生の苦しみや病を癒す薬師如来とも信じられてきました。元は1~2km南に位置する神倉山のゴトビキ岩をご神体として祀っていたのが、景行天皇の時代に今の場所に遷座したそうです。

なので、巨石信仰から発展したものだとおもわれます。

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境内には樹齢1000年というナギの御神木があります。夕方でしたが、雰囲気の明るい神社で、南紀の気候ととても合っている暖かな神社だなあとおもいました。

 

それから、元新宮だったという神倉神社へ。

これがまたすごい神社だったので、次回詳しく書きます!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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