日光春峰 峰入り修行で感じたこと


前回に引き続き、日光修験の春峰に参加しての感想です。

修行の詳しい内容については口外できないので、そこでわたしが何を感じたのかということを書いていきたいとおもいます。

 

山に入ると、春の緑が眩しかったです。

木々の間に藤の花が垂れ下がり、紫の花房が美しくて感動的でした。

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山にいると四季の季節感が強調されて感じられる気がします。

 

古峰ヶ原でしょうか、開けたところを通ると、先達の方々の鳴らす法螺貝の音が響きます。

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そうして進んでいくと、木の鳥居がある場所に行きます。

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ここは「深山巴の宿」という場所で、現在は古峰神社の奥の院、禊所となっている場所です。

鳥居をくぐると小さな川を越えて開けた場所にお社があります。巴形に清水が流れていて、日光を開山した勝道上人が明星童子の示現によりここを修行の地と定められたそうです。

上人はここで草庵を結び、古峰の大神の御神威と古峰ヶ原の人々の援助によって修行を積まれて二荒山を開山されたと案内板に書いてありました。

その後も全日光僧坊達の修行の場として一千年余以上明治政府に禁じられるまで修験道が行われた場所です。

だからなのか、祭事では先に神社の奉納の舞などが行われたあと、山伏による護摩が焚かれました。

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わたしは神社で護摩をやる山伏を見たのはこれが初めてです。

 

明治の修験道廃止以来、全国の修験はおおよそ密教系の寺で残るか、山形の羽黒山や四国の石鎚山のように神道系となって残るかしかできなかったという歴史があります。元々は神仏習合が山伏の考えなので、今では羽黒でも寺院の修験も行われているし石鎚でも修験が再興しているお寺では行われているようですが、参拝や法楽だけではなく、お社の前でこのように本格的に護摩行を行えるのは珍しいのではないかなとおもいました。

 

さらに、わたしはこれまで各地の火渡りや護摩をみてきましたが、ここまでしっかりした山伏問答のある儀式をみたのはこれが初めてです。

 

山伏問答とは、なぜここで護摩をやるのか説明し、またそれに参加する山伏がちゃんとした山伏かどうか質問して、答えられてから結界内の道場にいれるという作法です。そういうものがあるということは聞き知っていましたが、ここまで本格的な作法をして護摩をやっているのには、わたしは日光修験ではじめて経験し、とてもかっこよくて感動しました。

 

きっと日光修験を再興した方々が、秘伝や口伝の多い修験道の道を究められて、さらに数少ない修験の文献や古文書にしっかり当たられて修験の教学をも再興されてきたからこそ、これほどきちんと儀式の道具や作法が再現されて現在に執り行われているんだとおもいます。

修験や密教系の儀式は道具にもいろいろ決まりがあってすべて準備するのはとても大変だとおもうのに、(空海さんも唐に留学中にそれでお金を使い果たしたそうな)ここまで再興されているなんてとわたしは本当に感動しました。

そういう方々の努力と情熱のおかげで、今わたしが修験の教えを知ることができる、それがどんなにありがたいことなのか。

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護摩の後の炭を参拝者のみなさんが持ち帰っていたのできいてみると、家の鬼門にまくということなのでわたしもいただいてかえりました。

 

古峯原金剛山瑞峰寺の奥の院である三枚石まで行きました。

ここには琵琶をもってる姿ではない弁天龍神の像と、四国以外ではなかなか会えないので見るとお遍路の旅が懐かしく思える笠をかぶり立っている姿の空海さんの像があります。

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奥には四国と本州を結ぶしまなみ海道に本宮のある大山祇神社の神さまの石碑もあります。

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大山穂積の神さまは富士山の木花咲耶姫の父親であり、日本の山の神さまを司る神さまなので、日光の山のなかにあるのも頷けます。

 

三枚岩の由来は見た目のとおり石が三枚重なっているように見えるからともいわれていますが、勝道上人がこの石のもとで座禅修行をしたことによる「三昧石」とも言われているようです。三昧とは、精神を一つに集中して安定した状態に入ること、また物事に熱中し他をかえりみないことをいいますが、最近ではもっぱら後ろの意味で使われることが多い言葉です。

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岩屋の中には金剛童子が祀られています。勝道上人が修行されたのは西暦757年らしいです。その場所を2016年に生きるわたしが訪れて思いをはせることができるのがなんだか果てしない時間の流れと、それでもこうして修験の聖地が守られて伝えられてきたことの重みを感じました。

 

日光の山の中には修行の道というコースもあり、今後そちらを歩いてみるのも良いなあとおもいました。

山中には、かつての修行の厳しさに逃げ出した僧侶が殺された場所にお地蔵さまがありました。

その頃の修行の厳しさといったら、今の私が楽しんで参加する修行の比ではなく過酷で厳しいものだったのだとおもいます。

わたしは流行らせようと山伏ガールと名乗っていますが、そんなミーハーな気持ちじゃとてもじゃないけど修験の世界なんて入れなかったんだろうなあと思います笑

そうおもうと、今わたしたちが気軽に修行に参加できる現代の修験のあり方もありがたいなあともおもいます。もちろん、気軽といっても何をしてもよいわけではなく、修行は修行で心構えが必要ですが、それでも修験の道は興味関心のある人ならだれにでも開かれています。昔は女人禁制の場所も今では大部分女性でも入れますし、きちんとリスペクトを持っていれば外国の方だって参加できます。

 

だから、山登りが好きだったり神社仏閣が好きだったり、本で読んで気になったり、いるかわかりませんがわたしのブログを読んで山伏ってかっこいいと思った方には、ぜひ実際に山伏修行に参加してどんなものなのか経験して、修験道の懐の深さや奥深さを味わってほしいなあと心から思います。

日光修験の春峰に参加して、日光には自分がイメージしていたよりも修験の歴史があったことを知り、もっとしっかり修験とはなにか勉強したいという思いがあらたになりました。

本当に参加して良かったです!!法螺貝もちょっと吹かせてもらいましたが、もっともっと練習して綺麗な音が出せるようになりたいなとおもいました。

ミーハーと言われても、立派な山伏ガールになれるようにこれからも精進したいとおもいます。

 

今後はこの日光修験に参加する以前に参加した、高尾山の山伏修行体験や成田山の火渡りなどのレポを載せたいとおもいます。

 

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