諏訪湖と温泉の下諏訪 秋宮編


下諏訪は、上諏訪に比べて駅からお宮までが近く、道もわかりやすいので回りやすいです。

駅の前に御柱が建ててあります。

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駅にくっついて観光案内所があるので、そこで散策マップをいただきました。

こちらに地域の御利益スポットや温泉などが詳しく載っているので、もらっておくと回る時にとても役立ちます!

 

上諏訪からまわってきて到着したのが夕方だったので、まず最初に宿にチェックインしました。

下諏訪でおすすめなのはマスヤゲストハウスさんです。

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わたしはこの後御柱祭でもこちらに泊まったのですが、古い建物も素敵だし、スタッフのみなさんもアットホームな雰囲気でとても居心地が良いです。

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キッチンもあるので、自炊もできます。

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荷物を置いてから、諏訪湖まで歩いて行ってみました。

ピンク色の夕焼けと、遠くに山並みが見えてとても綺麗です。

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よく見ると、うっすら富士山も見えます。

厳寒期になると、諏訪湖が全面氷結して数日後の夜更けに、上社の浜から下社の湖岸にかけて大きな亀裂が生じ、それが高さ1m以上も盛り上がってできる“氷湖の神幸(おみわたり)”が見られます。

諏訪の七不思議のうちの一つですが、雷鳴の轟のような音とともに亀裂ができるそうです。

それが、あたかも大蛇がくねくねと這った跡のようにみえることから、上社の男神が下社の女神のもとに通われた道筋だと伝えられているようです。

この御神渡ができると、一般の人々も湖上にでることが許されます。

この道筋の方向や形からその年の吉凶が占われていますが、ほぼ同じ方向に毎年この現象が起きるのはたしかに不思議ですよね~。

一度見てみたいです。

 

諏訪湖近くの温泉に入りました。諏訪大社周辺にもたくさん温泉があります。児の湯は子宝、綿の湯は美肌と効果が色々あったり、湯屋によって温泉の温度も違うので、泊まる宿の方に好みの温度など伝えると、合うところをおススメしてくれるとおもいます。

温泉後はゲストハウスの近くの中華料理屋「ちゃぼ」さんで晩御飯を食べました。地元の人に人気のお店らしく、とても美味しかったです。

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マスヤゲストハウスでは夜はBarもあります。

泊まっている人同士や地元の人も交えて、あたたかな交流があります。

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これがあるから一人旅も寂しくないし、面白い出会いがゲストハウスの醍醐味だよなあと思います。

 

上諏訪の長い距離を一日中歩いていたのでゆっくり休んで、翌日は朝から下社巡りに出かけました。

一本道の参道を進んで、まずは諏訪大社 下社 秋宮から。

 

左手の千尋池をみながら、橋をわたって鳥居をくぐります。

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まずはじめに見えてくるのは樹齢600年ほどの“寝入りの杉”です。

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寝入りの由来は、杉の挿木から根が生えたので「根入りの杉」だとか、夜になると枝を下げて眠っているようだとか言われていますが、この杉の木の皮を使ったお守りは夜泣きをする子どもがよく眠れるようになるのだそうです。

その後ろに、青銅製では日本一の大きさの狛犬を両脇においた神楽殿があります。

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太い注連縄が目をひきます。

これは出雲から職人を呼び寄せてつくらせたもので、なるほどそうきくと確かに出雲大社の有名な日本一長い注連縄の印象とよく似ていますよね。

こちらの神楽殿が立派で目を引くので、ここからお参りしている方も多くいらっしゃいました。

 

その後ろに、社殿があります。

正面の二重楼門が拝殿で、その左右に繋がっているのが片拝殿です。

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この片拝殿の奥に、左右二つの御宝殿があります。

これが横から見た写真です。

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伊勢神宮のお社とおなじ、神明造のシンプルだけど美しい建物です。この二つの御宝殿、今では新しい方を神殿、古いほうを権殿と呼んでいます。

新しい、古い、というのは、実はこの二殿は寅年と申年に御遷宮を行い、

寅年→申年は向かって右

申年→寅年は向かって左

でお祭りをします。御柱祭の記事を読んでくださった方は、この寅と申の年にピンとくるとおもいます。

 

そう、御柱祭が行われる年ですね!!そもそも御柱祭とは正式名称「式年遷宮御柱祭」なので、式年遷宮で社殿を作り替えるのと一緒に、四隅の大木も新たに山から切り出すというお祭りです。

テレビなどではつい御柱祭の木落しばかりが注目されますが、この社殿を作り替えて、中に安置してある御神輿が新しい社に移るという儀式も重要なものなんですね。

今ではこの御宝殿だけの建て替えだけですが、昔は伊勢神宮の式年遷宮と同様に鳥居からすべての建造物の建て替えが行われていたようで、その巨額の費用を捻出するために諏訪では結婚式や元服、はては葬式も仮埋葬にするほど節約していたそうです。

現在では奉仕の範囲が縮小されたのでそのような規制もありませんが、それでも遷宮の時期には家屋の新築や婚礼等を遠慮するという伝統があるようです。

こうして御神輿が新しいほうの御宝殿(神殿)に移ると、古いほうの御宝殿(権殿)は建て替えられるので、一つの御宝殿は12年ごとに再生されるということになります。

この建物では祭事が執り行われたりと一般の神社では神様のいる本殿に値する役割をしているような気がしますが、この御宝殿という名前からもわかるように、あくまで宝を納めておく場所であり、諏訪大社は本殿を持たない神社というスタンスを守ったままです。

 

御宝殿の奥には社殿はありません。

この秋宮のご神体はイチイの木です。ここにも、古来の巨木信仰の名残り、神社が社という建築をもつ以前の信仰のかたちがみえて大変興味深いです。

 

境内では、強い日差しの中、神社関係者のかたが雑草を抜いていました。

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手入れが行き届いて美しい参道しか見ていないとわからないですが、たくさん樹木がある境内だといたるところから芽がでそうですよね。高野山でも黙々と手入れをする僧侶の方の姿が印象に残りましたが、こうして隅々まで綺麗に保とうと働いている人の姿には胸をうたれます。

 

秋宮の近くには、住宅地の坂道を登って行ったところに“いいなり地蔵”がいらっしゃいます。

地元の方の願いをなんでも聞いてくれる言成地蔵尊というらしいです。

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元々は諏訪大社の神宮寺の境内に安置されていたものですが、またしても明治政府の神仏分離令により神宮寺が廃寺となり、荻倉の薬師堂に移されました。

それが、毎日少しづつ諏訪大社のほうに近づいているので信者たちがおどろいて、「お地蔵さまも元いた諏訪大社の近くがいいんだなあ」ということでこの地に戻して安置したそうです。

 

ほんとに、元々共生できていたものを、“それは違う、それは正しい姿じゃない”って無理に純化しようとして引き裂くのって、誇大妄想とエゴのかたまりってかんじでやんなっちゃう。お地蔵さまがこの地に落ち着けてよかったなっておもいました。

 

つぎの下社 春宮の記事でようやく諏訪関連は書きたい事がひと段落です!

こんなマニアックな記事わたし以外面白いのかどうか疑問もありますが笑、もうしばらくお付き合いください。その後は明後日から参加する日光修験の山伏修行について書けたらいいなあとおもっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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